Wednesday, April 14, 2010

My Darling is a Foreigner 映画「ダーリンは外国人」

漫画家さおりとハンガリー系アメリカ人トニーの日常的なギャップを書いた漫画「ダーリンは外国人」待望の映画化。
国際カップルのならではの難しさと喜び、そして人間であるという変わらない共通項、話し・聞き・理解する・ということの簡単ながら実はできていない日常を、二人のギャップを交えてうまく表現されていると思っております。はい。



 ただ、とてもマイナーな批判としては、話がほのぼのと成立するのはトニーさんがアメリカから来た「白人」さんであるところが大きいんじゃないかと。日本では「外国人」に対する距離感と同時に、その外国人の中にもランク付けのようなものがあるのではないかと思われたりします。悲しいことですが。

 白人が日本に来て、日本語が話せず英語しか話さない場合は、話せないこちらが恥ずかしく思う一報で、アメリカやヨーロッパ以外の他の国からの人が日本語を話せないと「日本に来たのになぜ日本語はなせないのか」という具合に態度が変わる状況を残念ながら目撃したりしてます。
 英語圏からの人は結構許されてしまうのですね~。もちろん、中学校から第二外国語として英語を学んでいるのにしゃべれない人が多い日本ではそう思ってしまうのかもしれません。

 言葉についてはさておき、一例として・・・米軍基地の周辺ではアメリカ軍人さんの公共の場でのマナーの悪さが時に目立ちます(もちろんいつもじゃないですよ!)。
だれも注意することができません(- -;)。電車の中で携帯でしゃべる(私はあまり気にしませんが。)、酔っ払って、周りの人に迷惑をかける(こういう場合は自分より、1.5倍大きい米軍さんに注意をしないといけません、皆見てみぬふり)
 あるときにアジアからの旅行者が公共のマナーを守ることができなかったとき(注意の表示が日本語でした!)に、日本の若者が喧嘩口調でそのアジア人にくってかかっていたのを見たりしました。同じマナー違反をした場合、日本人の両者に対する態度が違います。このあたりは、日本の歴史やアイデンティティ、羞恥の概念および、他国との関係等にリアクションの原因を探ってみるべきだと思います。

 閑話休題。
原作の漫画は好きです。映画で認知度が広がり、自分と異なる背景のある人を受け入れることへの寛容性の喚起に繋がればいいなぁと。また、外国人=「英語を話す」「白人」というイメージから、もっと広く海外から訪れた人たちを見ることができたらいいのではないかと思いました。

最後に白状しましょう、私の彼も外国人です。はい。